【書評】菊地正憲「速記者たちの国会秘録」

書籍

 やっぱ歴史は面白い。

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概要

 ジャーナリスト・菊地正憲が送る、国会速記者の証言録。

 「速記者」とは、国会の議論の場で発した議員たちの発言を逐次記録する公務員である。

 衆議院、参議院、各委員会で、議員たちに最も近い場所から彼らの発言を記録し続けた速記者は、正に国会の歴史の証人である。

 刊行は2010年と10年以上前になるが、当時ご健在の昭和初期に活躍した速記者たちの証言も掲載されている貴重な一冊でもある。

レビュー

 人が発した言葉を逐一そのまま手書きで記録する。

 口で言うのは簡単だが、普通の文字でこれを実現することは不可能だろう。

 だからこそ速記者たちは、独自の速記符号を駆使し、難解な用語や言い回しが飛び交う国会議論での発言を、文脈や議場の雰囲気、発言者の顔色等を観察しながら正しく判断して記録する。

 そのためにはただ速記する技術だけでなく、国政に関する用語、略語、国内外の政治情勢などの幅広い知識を覚え、常に変化する政治情勢に合わせて日々知識のアップデートをすべく継続して勉強する必要がある。

 集中力、記憶力、観察力、注意力、継続力、学習力…どれか1つ欠けても遂行できない国会での速記を担当する速記者たちは「職人」そのものだ。

 ゆえに能力的には非常に優れたものを有しており、普通に難関大学に合格してエリート街道を走る人生もあり得たが、諸事情により高校卒業と同時に職に就かねばならず、やむなく速記者となったも多かったらしい。

 そんな速記者たちだからこそ、その記憶力は老齢になっても衰え知らずで、その口から語られる国会の歴史は、文字越しとはいえ歴史の証人の言葉として圧倒的なリアリティをもって迫ってくる。

 

 本書を今回読み直してみて痛感したのは「口伝」の威力だ。

 もともと自分は歴史が好きではあるが、学校の授業や本、テレビなどで知る歴史よりも、祖父母が語る昔話の方が非常に魅力的に思えた。

 それは祖父母が歴史の当事者だからであり、そこから発せられる圧倒的なリアリティには本やメディアは敵わないのだろう。

 本書に登場する速記者たちも歴史の当事者の一人であり、本を通じてではあるが、そこから発せられるリアリティには強く惹かれるものがあった。

 

 しかし、本書の刊行から10年以上が経過した現在では、貴重資料とされてきた明治期の日本を捉えた写真、映像などのほとんどはインターネット上で無料で誰でも閲覧できるようになった。

 ネット環境と媒体があれば音声付きの当時の映像が見られ、ただでさえ当事者のほとんどが鬼籍に入ってしまった今、わざわざご健在の当事者に話を訊くという手段は非効率に思える。

 しかしネットで当時の様子を簡単に知ることができたとしても、所詮はネット上の情報でしかなく、そこに当事者のリアリティは存在しない。

 当事者、とりわけ祖父母などの身近な人間から教えてもらう昔話は、単なる歴史ではなく、圧倒的なリアリティをもって相手に伝わり、本当にその歴史は存在したという実感とともに、「決して他人ごとではない」という当事者意識も相手に植え付ける。

 このリアリティと当事者意識を伴った歴史の伝承の仕方は、今のところ口伝しかないように思える。

 だからこそ、第二次世界大戦を知る身近な当事者が徐々に少なくなる未来が危うく思えてならない。

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終わりに

 学生時代に読んで印象に残っている本というのはやはり読み直しても良いもので、それこそ時間を忘れて読み続けてしまう。

 だがやはり読んだのが10年以上前ということで、そろそろまた新しい本を開拓したいと思うようになってきた。

 だがその前に、できれば持っている本を一度全部読み返して整理したいとも思っている。

 …これいつまでたっても開拓できないヤツかもしれん。

 

 END

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