最初は著者のこと良く知らなかった。
概要
作家・阿川弘之が、大人が有すべき見識について自身の見聞や体験に則しながらつづった懐古談。
著者が主に扱った近代史における日本海軍、英国を主題材とし、最後には孔子の見識にも触れつつ「大人の見識」について考察している。
かっちりとした評論というよりは読み物としての色合いが強いが、著者が知り得る先人の見識が凝縮されており、随所に気づきをもたらしてくれる一冊となっている。
レビュー
本書も学生時代に購入して読んだ一冊だったが、当時は著者のことを良く知らなかった。
後になって、日独伊三国同盟に反対した米内光政、山本五十六、井上成美の海軍三羽烏に興味を持ち、そこから著者の名を再び目にし、三者の伝記小説をリストアップする(まだ読んではいない)。
そして学生時代に購入した本を整理する中で本書を再発見し、既に「阿川弘之」を読んでいたことに気づき、読み直して現在に至る。
正直、学生時代に読んだときの記憶は皆無に等しく、内容は全く覚えていなかったが、読み直すとなかなかに味わい深く一気に読み切ってしまった。
特に唸らせられたのは、古代ギリシャの歴史家ポリュビオスの言葉だ。
物事が宙ぶらりんの状態で延々と続くのが人の魂をいちばん参らせる。その状態がどっちかへ決した時、人は大変な気持ちよさを味わうのだが、もしそれが国の指導者に伝染すると、その国は滅亡の危機に瀕する。
阿川弘之「大人の見識」
これを加味すると、今の日本の外交状況の多くが腑に落ちる。
北方領土、尖閣諸島、慰安婦問題、北朝鮮のミサイル発射…いずれも日本の立場を表明してはいるが、決定的な問題の決着には至っていない。
まさに宙ぶらりんの状態であり、日本国民はこのどっちつかずの状態に辟易している。
しかし、かと言って先に自ら事を進めようとすると、自国の立場を危うくする可能性がある。
だから決着をつけさせるには、向こうが動くように仕向けて自滅させる。
第二次世界大戦の枢軸国は、連合国にまんまとこれをやらされたわけだ。
この考え方、外交だけでなく世間一般にも当てはまる。
普通の人間にとっても、宙ぶらりんは落ち着かず決着をつけたいと思う心理は広く一般的だが、決着をつけようと動いた側が不利になる状況も「言い出しっぺが損をする」という意味で合致する。
「お前が言い出したことなんだから最後まで責任もって完遂させろよ」
どこかのオフィスで聞こえてきそうなセリフだ。
古代ギリシャ、すなわち紀元前の時代から提唱されていた言葉に著者も自分が唸らされている。
本当に人間は進歩していない。
学ばされることもあるが、疑問符が付く記述もある。
見事にブーメランになって著者自身に返ってきている記述もあるが、ほとんどは著者自身が素直に白状しているので多くは触れない。
また全体的に、近代史の前提知識を要求する部分が多く、歴史に疎い人にはとっつきづらい。
さらに著者と同世代の人の常識を要求し、世代のギャップを考慮しきれていない部分もある。
(デカンショ節とか知らんわ。)
ただ後者に関しては文脈理解にそこまで影響しないので、近代史の知識をある程度持つ人であれば比較的読みやすい部類に入るだろう。
終わりに
前に新しい本を開拓したいと書いたが、本書で紹介されている本を眺めてみるのも良いかもしれない。
「国家の品格」で知られる藤原正彦氏による「遥かなるケンブリッジ」もその内の一つ。
藤原氏の本は一冊も読んだことが無いが、手を出してみるか…
END
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