東日本大震災(8年目)

回顧録

 別に意図してこの日を開設日にしたわけではないが、とりあえず触れておこう。

 2011年3月11日。私は自宅2階の自室にいた。徐々に揺れが激しくなり、本棚の本が落下し始めた頃にようやく事の重大さに気づき、慌てて外に出た。
 「首都直下地震」まず頭によぎったのがこの仮説。東京にいる父が心配だった。揺れが収まってから家に戻り、テレビをつけると、震源地は予想とは全く異なる宮城県沖。その後は、ただテレビが伝える地震の被害、津波の様子を眺めるだけだった。
 父とはGmailで連絡を取り合い、無事を確認(今後も非常事態にはGmailを使うよう、父と取り決めている)。外出していた母も帰宅し、一家全員の無事が確認できた。
 その後しばらくは「非日常」の暮らしが続いた。自粛される催し、延々と同じCMを流し続けるテレビ、計画停電。次の日、その次の日とテレビをつける度、画面上に表示される犠牲者の数が増え続け、なんとも言えない気持ちになった。
 それでも、1年、また1年と時間が過ぎる度、私の中で「東日本大震災」は過去のものとなっていった。

 あれからもう8年が経つのかと思う。今日テレビをつけると、NHKはずっと震災関連の番組だ。その番組を見る中で気づいたのは「被災地の人にとって『東日本大震災』は現在進行形である」ということだ。少なくとも、岩手、宮城、福島にとって「東日本大震災」はまだ終わっちゃいない。

 自分に余裕がないこの頃。せめてこの日だけは、被災地の人の心に寄り添える人間でありたい。それができなくなったら、色々な意味で潮時かもしれない。


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