【書評】本多静六「私の財産告白」②

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 前回

の続き。


考えさせられた言葉

 心構えではないが、個人的に考えさせられた言葉をいくつか紹介する。

 

早く子供のときに貧乏を通り越させてやったほうが、どれだけ本人のためになるかわからぬ。

本多静六「私の財産告白」

 本多曰く「人は人生で一度は必ず貧乏になる。若い頃に贅沢に味を占めると成長してから貧乏になる。反対に、若い頃に貧乏に苦労した者は必ず後がよくなる。なら、早い頃に貧乏を経験させた方が本人のためになる」という。
 私自身経験があるので、最初に読んだときはかなり腑に落ちた。だが、後々になって考えると、貧乏によって心を歪ませて犯罪に走る若者も多い現代では、万能論ではないなと思う。

 

人間は金を持つべからず、金を持つ者すなわち品性下劣なりと決めてかかるような連中がある。
これはことに、日本人の間に昔からあったわるい癖で、いわゆる武士は食わねど高楊枝といった封建思想の余弊である。

本多静六「私の財産告白」

 昭和初期の時代に書かれた言葉だが、現代でも思い当たる節がある。
 だが今の場合、封建思想の余弊というより「一億総中流社会における同調圧力」が原因だろう。
 日本に投資などのお金に絡む教育がないのは、昔こそ「お金儲けのための教育などけしからん!」と頭の固いお役人が反対したためだろうが、今では何が原因なのか?

 

自分一人、何も間違っておらぬつもりで―事実また決して間違っておらなくとも―あまりに確信に満ちた態度で押し通しすぎると、得てして周囲の反感を買いやすい。

本多静六「私の財産告白」

 「正論」だけではダメ。周りをいかに味方につけるかも大事。
 今も昔も変わってないんだなあ。

 

今日の職業、職場の多くは―有難いことには、労働基準法とかいうものがあって―そんなにも過労を強いるものではない。

本多静六「私の財産告白」

 「凡才が天才に仕事で勝つには、天才以上に努力をして、仕事を先回り先回りで片づけることだ」⇒「冗談じゃない!こっちは仕事を追うどころか、ついていくのに精一杯でそんな余裕はない!」の流れで、上の抜粋である。
 さすがの本多も、法律の穴を掻い潜って社員を奴隷のごとくこき使う「ブラック企業」が出現することまでは予想できなかったか?

 

名利は与えれらるべきもので、求むべきものではない。

本多静六「私の財産告白」

 世のため人のために働いて成果を上げた人に対してのご褒美として進呈するのが、「名利」の本来の在り方だということだろう。
 今の私は「世のため人のため」などと考える気もないから「名利」など端から期待していない。
 本来はそう考えるのが正しいと思うし。

終わりに

あせることはない。無理をすることはない。
何事も「渠成って水自ずから至る」ものである。
一人一業を守って、それに専心打ち込んでおれば、万福招かずして来るものである。

本多静六「私の財産告白」
 多少盲目的かもしれないが、まずはこの言葉を信じて、焦らず地道に頑張っていこうと思う。
 もちろん、投資活動は開始する予定だ。
 こちらも、そしてブログも「地道にコツコツ」を忘れないように。
 
 END


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