【小説】芥川龍之介「杜子春」

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 前回

に引き続き、芥川龍之介。

 「杜子春」は小学校の時に教頭先生に薦められた記憶があるが、当時は気後れして読まなかった。
 実に15年越しである(長すぎだ)。

以下、ネタバレ注意。


杜子春

 唐の都・洛陽の西門に、杜子春という若い男が立っていた。

 杜子春はもとはお金持ちだったが、今はすべてを使い果たして無一文になり、今日の寝床の確保もできない状態だった。

 杜子春が途方に暮れて佇んでいると、片目眇(かためすがめ)の老人が現れて彼に何をしているのか訊ねた。

 杜子春が事情を話すと、老人は杜子春を憐れんでこう言った。

老人
老人

夕日を背にして立って自分の影が地面に映ったとき、自分の「頭」にあたるところを夜中に掘ってみろ。
そうすれば、車1台分の黄金が出てくるはずだ。

 老人の言う通り、夜中に杜子春がその場所を掘り起こすと、本当に車1台分の黄金が出てきた。

 杜子春はたちまちお金持ちになり、豪勢の限りを尽くして遊んだ。

 

 しかし3年経つと、車1台分の黄金はすべてなくなり、杜子春はまた無一文に逆戻り。

 再び洛陽の西門に立ち尽くしていると、またあの老人が現れて、3年前と同じ問答をしてきた。

 杜子春も3年前と同じように答えると、老人はまた憐れむように言った。

老人
老人

夕日を背にして立って自分の影が地面に映ったとき、自分の「胸」にあたるところを夜中に掘ってみろ。
そうすれば、車1台分の黄金が出てくるはずだ。

 杜子春が老人の言う場所を掘り返すと、3年前と同じように再び車1台分の黄金が出てきた。

 杜子春は再びお金持ちになり、同じように贅沢の限りを尽くして遊んだ。

 

 しかしその3年後、また同じように車1台分の黄金をすべて使い果たし、杜子春は無一文になった。

 そして、3年前と同じように西門に佇んでいると、またまたあの老人が現れ、杜子春の事情を知ると憐れむように言った。

老人
老人

夕日を背にして立って自分の影が地面に映ったとき、自分の「腹」にあたるところを夜中に掘ってみろ。
そうすれば、

と、老人が話している途中で杜子春は手を前に出して老人の言葉を制した。

そして、今の自分の気持ちを老人に伝えた。

杜子春
杜子春

もうお金持ちにはなりたくありません。
人間は、自分がお金持ちのときには自分に良くしてくれるのに、自分が貧乏になると途端に手の平を返して自分を無視するようになります。
私はもう、人間に愛想を尽かしてしまいました。

老人
老人

ほほう、そうか。
ではもうお金持ちにはならず、お金はなくとも平穏な暮らしを望むか?

 しかし、老人の提案に杜子春は首を横に振った。

杜子春
杜子春

いいえ。
私はあなたの弟子になり、あなたの下で仙術を習いたいと思っております。

 杜子春は、老人が高度な仙術を操ることができる仙人であると見抜いていた。

 果たして実際にその通りで、老人は峨眉山(がびさん)という山に住む「鉄冠子(てっかんし)」という名の仙人だった。

 鉄冠子は杜子春の願いを意外にもあっさりと受け入れ、杜子春を連れて峨眉山に向かった。

 

 峨眉山に降り立った鉄冠子は、杜子春に修行を課した。

鉄冠子
鉄冠子

わしは少しの間出掛けてくる。
その間、お前さんは岩の上に座ってじっとしているのだ。
その間は、どんなことがあっても、決して声を出してはならん。
少しでも声を出したら、お前さんはもう二度と仙人にはなれないと思え。

 鉄冠子はそう言い残すと、杜子春を峨眉山に残して1人空へ飛び立っていった。

 そして、それからしばらくたたないうちに、猛虎や大蛇が襲い掛かってきたり、豪雨や落雷に打たれたりと、杜子春は様々な危機に陥った。

 しかし、杜子春が鉄冠子の言いつけを守って声を出さずにじっとしていると、猛虎も大蛇も豪雨も落雷もたちまち消えてしまうのだった。

 

 岩の上に座る杜子春の前に、今度は大柄な神将(しんしょう)が現れた。

神将
神将

名を名乗らななければ命を貰う。

と、神将が脅してくるが、杜子春は沈黙を貫き続ける。

 怒った神将は、とうとう戟(ほこ)で杜子春を突き殺してしまう。

 

 殺された杜子春の魂は、現世と地獄の境にある森羅殿という建物に到着した。

 森羅殿の前にいた鬼に連れられ、杜子春は森羅殿内にいる閻魔大王の前に引っ立てられた。

閻魔大王
閻魔大王

お前はなぜ峨眉山にいた?
答えなければ地獄に落としてやる。

と、閻魔大王は杜子春を問い詰めるが、杜子春は黙って跪くばかり。

 業を煮やした閻魔大王は、鬼に命じて杜子春を地獄に落とした。

 杜子春はありとあらゆる地獄に回され、際限ない苦しみを味わう。

 それでも杜子春は、ぐっと歯を食いしばって苦しみに耐え、沈黙を守り通した。

 

 杜子春を苦しめていた鬼どもはほとほと呆れ果て、杜子春を再び閻魔大王の前に連れてきた。

鬼

ダメです。
こやつ、まったく口を割る気配がありません。

閻魔大王
閻魔大王

ふむ。
確かこやつの両親は畜生道に落ちていたはず。
よし、今すぐにここに連れて参れ!

 閻魔大王が鬼に命じると、鬼はすぐさま畜生道から2頭の痩せこけた馬を連れてきた。

 杜子春はその2頭の馬を見ると目を見開いた。

 その2頭の馬の顔は、まさしく自分の両親の顔そのものだったからだ。

閻魔大王
閻魔大王

お前はなぜ峨眉山にいた?
答えなければ、今度はお前の両親を苦しめてやる。

 閻魔大王は杜子春を脅すが、杜子春は鉄冠子の言いつけを守って押し黙り続ける。

 閻魔大王は杜子春の反応を見ると、鬼に2頭の馬を痛めつけるよう命じ、鬼は鉄の鞭で2頭の馬を攻撃し始めた。

 鬼の攻撃に2頭の馬はうめき声をあげながら、肉が裂かれ、骨が砕かれていく。

閻魔大王
閻魔大王

さあどうだ!
これでもお前は口を割らぬか!

 閻魔大王が再び杜子春を問い詰めた頃には、2頭の馬はその場に倒れて虫の息だったが、それでも杜子春はただ目をつむって黙り続けた。

 

 と、そのとき、杜子春の耳に、閻魔大王ではない別の者の声が微かに聞こえてきた。

 それは昔、何度も耳にしてきた、自分の母親の声だった。

母親
母親

心配はいらないよ。
お前さんが言いたくないのなら、そのまま何も言わなくていい。
私たちは、お前さんが幸せになれるなら、どうなろうと構わないからね。

 人間に愛想を尽かしていた杜子春は、母親の我が子への愛に感動に打ち震えた。

 我を忘れて杜子春は母親のもとに駆け寄り、倒れた体を抱きながらついに声を発してしまう。

杜子春
杜子春

お母さん!

 

 気が付くと、杜子春は無一文だった頃と同じように、洛陽の西門の下に佇んでいた。

 そして、目の前には仙人・鉄冠子の姿が。

鉄冠子
鉄冠子

どうじゃ?
お前さんは到底仙人にはなれないことがわかっただろう?

杜子春
杜子春

はい。
ですが、今は仙人になれなかったことがとても嬉しく思っております。

鉄冠子
鉄冠子

そうか。
では、これからお前さんはどうする?

杜子春
杜子春

人間らしく、正直に生きようと思います。

鉄冠子
鉄冠子

今の言葉、忘れるでないぞ。
ではな。
もう、お前さんと会うこともあるまい。

 鉄冠子はそう言うと、杜子春に背を向けて歩き出した。

 しかし、歩き出すや否や、鉄冠子はすぐに後ろを振り返った。

鉄冠子
鉄冠子

おっとそうじゃ。
わしは泰山の南の麓に一軒家を持っている。
それをお前さんにやるからそこに住むといい。
今頃はちょうど、家の周りに桃の花が一面に咲いているはずじゃ。

 鉄冠子は愉快そうに言った。

 

 END


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