【書評】ジェームズ・スロウィッキー「群衆の智慧」

書籍
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概要

 2004年にアメリカで刊行された書籍「The Wisdom of Crowds」の邦訳版。

 「『みんなの意見は案外正しい」というタイトルならご存じの人もいるだろうか。

 その新装版が本書である。

 本書は「ある特定の条件下においては、集団は一人の専門家よりも優れた判断を下すことができる」という一見首を捻りたくなる命題を提示している。

 経済、政治、科学など多岐に渡って豊富な事例も示しており、多様な層の読者に思考の閃きや指針をもたらし得る一冊と言える。

私見

 スロウィッキー曰く、集団が専門家より優れた意思決定を下すためには、以下の4つの条件が必要だという。

意見の多様性
 各人がその質、量を問わず、独自の私的情報を持っている。
独立性
 各人が他者の考えに左右されない。
分散性
 身近または専門的な情報に特化し、それらを相互に利用できる。
集約性
 個々人の判断を集計して集団として一つの判断に集約するメカニズムが存在する。

意見の多様性

 まずは集団の属する各人が、質や量問わず独自の情報を有し、独自の意見を持っていることが条件である。

 

 なぜ多様である必要があるかというと、多様な意見を集約する中で、各人が犯した「間違い」が淘汰され、意見や考えの質が向上するためだという。

多様で、自立した個人から構成される、ある程度の規模の集団に予測や推測をしてもらってその集団の回答を均すと、一人ひとりの個人が回答を出す過程で犯した間違いが相殺される。言ってみれば、個人の回答には情報と間違いと言う二つの要素がある。算数のようなもので、間違いを引き算したら情報が残るというわけだ。

ジェームズ・スロウィッキー「群衆の智慧」

 スロウィッキーは集団のみならず、個人が多様な視点を持って豊富なアイデアを生み出せる場合でも多様性を有すると述べている。
 (発明家などはこの能力が不可欠である。)

 逆に各人の意見が似た寄ったりの場合は「間違い」が発覚しにくく、その結果集団が誤った方向へ行動をとる可能性が高い。

 

 また以下の理由で、集団が優れた意思決定をするためにも多様性が必要である。

解決策の選択肢を増やし、問題を新しい視点から検証できるため。
意思決定時に、影響や権威、集団への忠誠心に囚われず、事実に基づいて判断しやすいため。

多様性はであることで新たな視点が加わり、集団の意思決定につきものの問題をなくしたり、軽減したりできる。

ジェームズ・スロウィッキー「群衆の智慧」

 

 スロウィッキーはこれの対をなす集団として「均質な集団」を挙げ、下記の危険性を孕んでいると指摘している。

・集団への依存度が増し、外部の意見から隔絶される。
・集団の意見が正しいと思い込み、集団に反する者を退け、異なる意見を役に立たないと判断する。
・集団の論理にメンバーを従わせようとするプレッシャーを生み出す。

 何から何まで「日本」のことである。

 3つめなど「同調圧力」そのものではないか。

 管理は簡単だろうけど、金太郎飴を生産する日本の教育方針は明らかに弊害を生んでいる。

 

 また、専門家を過大評価する風潮にも警鐘を鳴らしている。

 専門家は確かにその分野のエキスパートに違いないが、かといってその知識や技術をもとに不確実な未来を予測、不確実な未来と相対しながら採るべき最良の行動を決めるスキルに長けているわけではない。

 経済の専門家が大恐慌を予測できないのと同じだ。

 また専門家は、自分の見解の正しさを客観的に推し量ることが苦手であり、寧ろ自分の見解を過大評価する傾向さえある。

 ゆえに、専門家の言うことを鵜呑みするのは危険である。

 客観的に外部から多様な視点を持ち込んで吟味して初めて、専門家を生かせると言える。

独立性

 次に独立性だが、これは各個人の意思決定に際して各個人が他者にあらゆる意味で干渉されないという意味である。

 スロウィッキーは、独立性は下記2つの意味で不可欠としている。

各個人が起こした間違いが相互に関わりを持たない。
 ⇒個人の判断が間違っていても、相互に影響を及ぼしあわない限りは、集団の判断に悪影響は与えない。

他者が持っていない新しい情報を各個人が手に入れている可能性が高い。

独立性は、二つの意味で賢明な意思決定に不可欠だ。第一に、人々が犯した間違いが相互に関わりを持たないようにできる。個人が間違った判断をしても、その間違いが構造的に同じでなければ、集団の判断はむちゃくちゃにならない。第二に、独立した個人はみんながすでに知っている古い情報とは違う、新しい情報を手に入れている可能性が高い。したがって、多様な視点を持つメンバーがお互いに独立した状態にある集団がいちばん賢明ということになる。

ジェームズ・スロウィッキー「群衆の智慧」

  

 またスロウィッキーは

組織や社会の意思決定プロセスを改善しようと思ったら、人々ができるだけ同時に意思決定する仕組みを作るべきだ。

ジェームズ・スロウィッキー「群衆の智慧」

と主張している。

 例えば、ある人が自身独自の見解なり意見を持っていたとする。
 しかし別の人の意見を耳にし、何らかの理由でその意見に鞍替えしてしまったら、これは独立性が損なわれているという事である。

 この事態を防ぐためには、

人々がタイミングをずらして判断する機会をなくし(減らし)、先に意思決定をした人の意見がさほど重要視されない仕組み

ジェームズ・スロウィッキー「群衆の智慧」

を構築する必要がある。

分散性と集約性

 最後に分散性と集約性だが、これは2つセットで効力を発揮するのでまとめてしまった。

分散化されたシステムが本当に賢い結果を生み出すためには、システムに参加しているメンバー全員の持っている情報を集約するメカニズムが必要となる。

ジェームズ・スロウィッキー「群衆の智慧」

のである。

 早い話が、分散化されたシステムが1つの同じ目標に向かってタスクを進めていっても、各システムが得た情報を共有し、集約して集団としての意思決定を下すメカニズムが無ければ賢い判断を下せない。

 分散性がすばらしいのは、独立性と専門性を奨励する一方で、人々が自らの活動を調整し、難しい課題を解決する余地も与えてくれる点にある。逆に分散性が抱える決定的な問題は、システムの一部が発見した貴重な情報が、必ずしもシステム全体に伝わらない点にある。貴重な情報がまったく伝わらず、有効に活用されない危険性がある。
 いちばん望ましいのは個人が専門性を通してローカルな知識を手に入れて、システム全体として得られる情報の総量を増やしながら、個人が持つローカルな知識と私的情報を集約して集団全体に組み込めるようになっている状態だ。こういう状態をつくりだすために、(中略)あらゆる集団は二つの命題の間でバランスをとらなくてはならない。個人の知識をグローバルに、そして集合的に役立つ形で提供できるようにしながらも、その知識が確実に具体的でローカルであり続けるようにしなければならないのだ。

ジェームズ・スロウィッキー「群衆の智慧」
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終わり

 総合すると、多様なバックグラウンドを持ち、かつ独立性が保証された個人の集団が、個人が独自に思考、行動して得られた成果を集約し、集団として意思決定を下す仕組みが確立されているなら、集団にとって最適な判断を下せる賢い集団になれるということなのだろう。

 思わず首肯する部分もいくつかあったが、そこそこボリューミーでまだ自分が納得がいくまで内容を消化しきったとは思えていない。

 何度か読み返して、内容を自分のモノにしたい。

 END

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